ご支援頂いた皆様へ

挨拶用

昨年の12月15日、午前0時過ぎ、私の五期目への挑戦になる衆議院議員選挙は、予想外の比例敗北という結果で終わりました。予想外と書きましたが、正直、最悪のケースでは落選もあり得ると、チラッと心の隅では認識していたことではありました。
前回の衆議院選から、比例単独候補が、重複立候補の小選挙区敗北者より下にランクされるようになり(そういう制度になった経緯は落選中のことなのでよくわかりません)、比例単独候補という立場は、絶対安泰ではなくなり、むしろ賭けのような立場になってしまい、その時の選挙全体の党の勢いに頼る感じで、自力では如何とも仕難く、無念の結果となり、制度の理不尽さに泣きました。
自分自身の気持ちを納得させるのに時間を要しましたが、現実は厳しく、落選後、早速議員会館の事務所と赤坂宿舎を明け渡さなくてはならず、皆様へのご挨拶もそこそこに、上京して引越しのための整理、片付けを済ませたりと、バタバタと日が過ぎてゆき、アッと言う間に年末になってしまいました。
これまでお世話になった皆様方へのお礼のご挨拶もまだ出来ておりません。お許し下さい。
15年ぶりになる、実家での正月を家族と共に過ごし、ゆっくりと心の整理をする時間を持つことが出来ました。

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思い起こせば、突然の党からの指名で、九州ブロックの比例の立場で衆議院議員に当選させていただき、一介のボランティア主婦からいきなり国会議員へと目まぐるしく動いていった日々が懐かしく思い出されます。
郵政選挙では、全く知人の居ない北九州市へ越させて頂き、激しい、思い出深いミカン箱選挙を闘いました。
それから9年、何と多くの方々とお知り合いになれたことでしょう。一期一会が私の座右の銘ですが、真にその通り、心を通じ合わせた方々は私の人生の宝物です。政治家になって一番のご褒美だと思っています。
国会議員の立場になって、改めて勉強して分ったことの様々の中で、一番私の関心を引いたことは、日本の大東亜戦争前後の歴史の真実と、今迄教えられ伝えられてきた内容とが余りに違うということでした。そして戦後の日本の社会が、即ち政治が、経済と暮らし優先のあまり、日本人の心の有り様を置き去りにして来たことです。
外交も無難に過ぎれば良いということが優先され、ことなかれ主義の流れに乗っていたことは事実と思います。アメリカの占領政策と折り合っていかなければならない事情はあったにせよ、それにしても、日本人の心の領域、国としての誇りに目を背けてきた政治の風土が続いてきたことは否めないと思います。

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安倍政権誕生以来、自民党の党是である、憲法改正への具体的動き、教育基本法改正、安全保障法制の見直し、南京事件、慰安婦問題の朝日新聞の一連の訂正騒動への動きと、私が一番拘ってきた政治課題に多少の働きは出来たのかなという自負は残りました。
また、北九州市への広域水道事業の実現(北部福岡県緊急連絡管事業)、小倉記念病院、九州労災病院の移転に伴う整備、北九州空港整備、市内小・中学校耐震補強工事、太陽光パネル設置、九州厚生年金会館ホール(ソレイユ)存続等、地元に少しはお役に立てたかと思います。
政治家には、様々な資質が要求されます。
日本という国への歴史観、未来への方向性の提示、国際社会での日本の立ち位置を決めること、国民の皆様との共有意識を持つこと、政策実現への努力、そして何よりも熱い情熱を持つこと。これらの要素におこたりなく不断の努力を続けることに尽きます。
偉そうに書きましたが、上に挙げた要素の充実に少しでも近づけるように努力してきたつもりでした。

しばらくゆっくりさせていただき、自分自身を見つめ直したいと思っています。
今迄ご支援いただきましたことに深く感謝し、心よりお礼申し上げます。

西川京子

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